弁当の蓋を開けると、静かな歓声が広がった。

 椎茸や蓮根、栗などを取り合わせた取り肴、えびいもに小蕪、茄子の焚き合わせ、向付は胡麻豆腐にタピオカ。老舗料亭の主人らが腕を振るった彩り豊かな美しい料理が並ぶ。出汁の香りが鼻をくすぐる。今冬の「SAISHOKU-Fair 菜食フェア」を前に昨秋、東福寺で体験会が開かれた。

 なぜ今、「SAISHOKU」なのか。

 

現代に合ったもてなし探る

 イスラム教の戒律に従った「ハラル」料理、動物由来の食物を口にしない「ヴィーガン」、肉や魚介類を食べない「ベジタリアン」など、宗教や動物愛護、健康志向などの理由から菜食を中心にする人々が世界中で増加している。

 加えて、訪日外国人観光客の大幅増。日本に求められるのは、菜食を中心とした和食文化のアップデートだ。京料理店の主人らでつくる「京都食文化協会」が、現代に合ったもてなしの料理を試行錯誤したのは、必然の流れかもしれない。

 

 原点は10年ほど前にさかのぼる。京都食文化協会にも加盟する若手料理人の「京都料理芽生会」が、結成60周年の記念事業として精進料理の研究と開発に取り組んだ。食材を無駄にしない精進料理の心を学び、菜食を再考、世界に目を向けた京料理を構想していたという。

 近年、菜食の世界的な広がりで、大豆など植物を加工して肉や魚の代替品を生み出す「プラントベースフード」が注目されている。先端技術と食の融合で食糧問題の解決などを目指す「フードテック」の一つだ。こうした潮流を受けて「新たな京料理を開発する必要がある」との機運が高まった。

 

 2023年、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されて10年を迎えた。その節目に重なるように、京料理は、国の登録無形文化財に認定された。季節感や伝統行事と結びついた食材の選択や献立、しつらいや接遇を通じた客のもてなし、伝統的な美意識を反映した盛り付けなどの芸術性が評価された結果だ。

時代とともに変化

 しかし、京料理の伝統を守ることは、従来の調理方法などを守ることではない。むしろ、守るためにアップデートし続ける必要があるのだという。

 「京料理は時代とともに変化していく。そうでなければ、最良の料理を提供していけない」。SAISHOKU-Fairに参加する料亭の一つ、京料理鳥米(京都市西京区)の田中良典さん(41)は話す。

 

 京料理を取り巻く環境は常に変化していく。材料となる野菜はかつてと同じではない。自然環境の変化や生産者の減少などの課題もある。客の味覚も変わる。調理機器は進化し、調理技術の伝承も変わらざるを得ない。

和食の「1丁目1番地」

 「例えば『一塩』も感覚ではなく、何パーセントの塩と表現する。食材の火入れは温度や時間を厳密に定める。最先端の機器を使えば、昔では考えられないほど食材への味のしみ具合が実現できる。京料理は和食の1丁目1番地だからこそ、時代に合わせて進歩し続けなければならない」

 

 一方で、従来の価値が現代的な意味を持つこともある。地元でとれた季節の旬の食材を調理する京料理の基本は、環境に負荷をかけないことを目指す現代の生活様式を体現するものでもある。

 京料理の老舗にはそれぞれ受け継がれる秘伝がある。「今回の試みを未来に残していきたい」。それは京料理の進化の一里塚になるだろう。

 

 SAISHOKUをローマ字表記にしたのには意味がある。「Sushi(寿司)、Tempura(天麩羅)に次いで、SAISHOKUを3つめの日本食の世界共通語にしたい」。田中さんはそう語った。

※「SAISHOKU-Fair」は1月から2月にかけて京都市内8店で開催。特別懐石料理と茶道や利き酒、舞妓の芸舞など京都の文化体験を組み合わせて提供する。