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神戸ムスリムモスク 名誉顧問 新井アハサンさん 70
北野異人館街や南京町など異国情緒あふれる神戸の街並みの中でも、空に伸びる大小4基の
南アジアのパキスタン出身。貿易業を営み、1980年に神戸に移り住んだ。モスクから少し離れたマンションに家族6人で暮らしていた95年1月17日、経験したことのない激しい揺れに見舞われた。礼拝の準備のため、起床する直前だった。
「何が起こったのか、まったくわからなかった」。家の中は家具や電化製品が散乱し、めちゃくちゃな状態になったが、幸い家族は全員無事だった。少し落ち着いてからふと窓の外を見ると、隣の建物は下層階が潰れていて、どこからか泣き声も聞こえてきた。
祈るような気持ちで、急いでモスクに向かった。建物はあの激しい揺れにも耐えており、「アルハムドゥリッラー(神に感謝を)」と
ほどなくして自宅を失ったり、短期滞在中で身を寄せる場所がなくなったりしたムスリムが集まり、モスクに併設されている文化センターでの避難生活が始まった。長い人で約3か月間にわたったという。
被災者の暮らしを支える中で、最も頭を悩ませたのが食事。豚肉や酒の摂取を禁じるなどイスラム教には食事の制限があるが、戒律に沿った「ハラル食品」はまだ浸透しておらず、震災で物流そのものも大幅に滞っていた。自身が保管していた肉や米を持ち出し、モスク隣の駐車場で被災者への炊き出しをした。
ムスリムにとっては、1日5回の礼拝も欠かせない。礼拝の前に手や足を清めるための水は、近くの井戸でくんで運び込んだ。工夫を重ね、一つずつ日常を取り戻していった。
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神戸ムスリムモスクは約90年前に建てられた日本最古のモスクで、ムスリムだけでなく国内外の人が訪れる。玄関には震災直後の写真を飾っており、「食事はどうしていたんですか?」「電気はいつ復旧したんですか?」などと尋ねられる度、当時の様子や苦労したことを伝えてきた。「震災を経験した人がだんだん減ってきている」との責任感からだという。
今、モスクが重視しているのが地域の拠点としての役割だ。神戸市には信教別の人口統計がないため正確にはわからないが、国際化の進展に伴い、ムスリムの住民は増えているとみられる。震災前、イスラム教で最も重要とされる金曜昼の礼拝に訪れるのは50人程度だったが、現在は200人以上に上るという。
そうした人たちが気軽に集い、時には困りごとを話し合えるような場所を設けておくことが、災害時に役立つと経験から知っている。「普段から顔を合わせていれば、非常時でも安心できる。特別な備えがなくても必ず助け合える」
<取材後記>
突然の災害 心の準備は
「地震は防ぐことができないんだから、起きた時にできることをするしかない」。そうきっぱりと言い切られ、虚を突かれると同時に、自身の備えを省みた。いざという時のために食料や生活用品は備蓄していても、心の準備はできているだろうか――。
国際色豊かな神戸には、様々な宗教や文化、生活習慣の人々が暮らし、世界中から観光客が訪れる。突然の災害で避難生活を余儀なくされた時、彼らにどんな支援や気遣いができるだろうか。ムスリムの人らが震災を乗り越えた経験から学べることがたくさんあると感じた。(高田果歩、31歳)