畳業界を救うムスリム向け礼拝マット 20億人市場に挑む京都の老舗

畳の礼拝マット「inori」を使用して礼拝をするゾルカナイン・ビン・ハサンバセリさん=大阪市住吉区
畳の礼拝マット「inori」を使用して礼拝をするゾルカナイン・ビン・ハサンバセリさん=大阪市住吉区

京都にある老舗の畳商社が、イスラム教徒(ムスリム)に向けた新製品を開発した。その名も「inori(いのり)」。ムスリムが日課として祈りをささげるときに敷く礼拝マットで、日本の伝統的なデザインと、畳特有のクッション性や通気性が好評だ。2025年大阪・関西万博の礼拝室の備品としても採用され、訪日客に日本の文化を感じてもらえるアイテムとして注目されている。

住宅の洋室化で衰退する畳産業

商品を開発したのは「カンベ」(京都市南区)。大正6年創業で、長年にわたり畳産業の成長に寄与してきた。しかし近年はどの住宅でも洋室が一般的になり、畳の需要減という課題に直面していた。農林水産省によると、畳表の年間国内供給量は平成17年までは約3千万枚で推移していたが、その後は減少傾向となり、令和4年は過去最少の816万枚だった。

礼拝で使用される畳の礼拝マット、3色展開されている
礼拝で使用される畳の礼拝マット、3色展開されている

そんな中、カンベ社員の堀雄亮さん(38)はあるテレビ番組を見て、大きなヒントを得た。それはムスリムの特集番組で、人々が礼拝するシーンだった。「畳も礼拝マットも『敷物』であることは同じ。日本の伝統である畳は、外国人に喜ばれるのではないか」。ムスリムは2020年に19億人に達したとされ、世界人口の約4分の1を占める。現在もその数は増え続けており、新たな市場として大きな可能性を感じた。

しかし商品開発には困難も伴った。畳を使うことで逆に「仏教感」が出てしまったり、古くからの畳の原料である天然イグサを用いると検疫の関係で簡単に海外に持ち帰れなかったり。堀さんは「ムスリムの方とのつながりもなく、完全に手探りだった」と振り返る。

市松模様や七宝柄…素材は和紙

京都府内の礼拝所を訪れてはムスリムと交流を深め、デザインについての意見を集めた。幾何学模様の装飾が好まれるということを知り、畳べりは七宝柄を採用。畳表は市松模様に仕上げた。また土産物として検疫なしで海外に持ち帰れるよう、天然イグサの使用は避け、素材として和紙を採用。耐久性も高めた。

カンベが開発した畳の礼拝マット「inori」
カンベが開発した畳の礼拝マット「inori」

開発を始めてから約4年、何度も試作を繰り返し、製品化にこぎつけた。税込み1万7600円。ムスリムが集まる礼拝所や施設などに配布すると、喜びの声が寄せられた。

イスラム関連の情報発信などを行う日本ムスリム株式会社(大阪市住吉区)では、本社内の礼拝室にinoriを採用。マレーシア人のゾルカナイン・ビン・ハサンバセリ代表(49)は「日本に来たからには、礼拝の時にも日本らしい文化を感じたい」と話す。ムスリムの中でも、礼拝マットにはそれぞれ好みやこだわりがあるというが「inoriの柄、素材には高級感がある」と満足げだった。

国内ではムスリムの観光客の受け入れをさらにすすめようと、公共施設内に礼拝室を設備したり、飲食店でハラルフードを提供したりするといった取り組みが広がりつつある。堀さんは「お土産としてだけではなく、公共施設の礼拝室にも採用していただくことで、ムスリムを受け入れる環境の改善にもつながればうれしい」と話した。(堀口明里)

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