愛媛県松山市 留学生がコーヒースタンドで働くワケ
- 2023年10月31日
先日、松山市中心部を歩いていると新しいコーヒースタンドがオープンしていることに気づきました。
どんな店なのか覗いてみると、「こんにちは!」と声をかけてくれたのは、外国の方。
聞くと、留学生なんだといいます。
なぜ、留学生なのか。
取材してみると、留学生たちが抱える事情がありました。
(松山放送局ディレクター 田村夢夏)
留学生がはたらくコーヒースタンド
そのコーヒースタンドの名前は「たずねけりコーヒー」。
松山市駅から歩いて5分ほどのところにあります。
3人も入ればいっぱいになる、小さなコーヒースタンド。
店内には小さなテーブルと椅子の席はありますが、基本的にはテイクアウトを想定しているような店構えです。
店頭に立つのは、日本人のスタッフ1人と、留学生のスタッフ1人。
とても楽しそうにテキパキと作業をしていました。
日本では、留学生でも国の許可があれば条件付きでアルバイトをすることができます。
この店では10人のスタッフのうち6人が留学生。
交代で働いています。
メキシコ、インドネシア、フィリピン、韓国と、国籍も年齢もさまざまです。
コーヒースタンドで働いた経験はもちろん、日本語のレベルも一切問いません。
そのため、日本語のレベルはまちまち。
店内の会話を聞いていると、時おり英語が混ざることもあります。
この日店頭に立っていたのは、メキシコ出身の留学生、イボン・サンチェスさん。
日本人スタッフがドリンクを作っている待ち時間。
「初めて来たんですか?」「この店をどうやって知りましたか?」など、明るく話しかけて接客していました。
SNSで見たことをきっかけに初めて訪れたという客も、会話を楽しめたと嬉しそうでした。
「私はおしゃべりが好き。それに日本の文化も好きです。日本語はたぶん完璧じゃないけれど、いつも頑張って話しています。時々『メキシコ出身です』と言うと、お客さんがメキシコのことを知っていらっしゃって、メキシコのことについても教えます。日本語で説明するのは難しいんですが、私はこの店で働けることがうれしいんです」
なぜ留学生?「アルバイト探し」の苦労
コーヒースタンドを運営するのは、松山市内のNPO法人「松山さかのうえ日本語学校」です。
代表の山瀨麻里絵さんは、「アルバイト探しに苦労する留学生が多い」という話を聞き、この店をオープンしました。
「働きたいけれど、ことばの壁があったり、イスラム教の方々はヒジャブを被っていると難しかったり、雇用主の方が“アルバイト中にお祈りするっていうのは難しい”と言われたり。そういう話を聞いて、みんなで楽しく働ける場所を作りたいと思ったのがきっかけです」
日本で学んでいても、大学での研究や授業はもっぱら英語という留学生は、少なくありません。
そのため、来日した時点で「あいうえお」が読めるか読めないか、というレベルの人も中にはいるそうです。
ただ、大学ではなんとかなっても実生活では日本語ができないと不便が生じます。
とくに壁にぶつかるのが、今回のテーマの「アルバイト探し」です。
留学生の多くは金銭的にはギリギリで生活をしています。
日本語ができなければ、アルバイト先の候補は会話が少なくて済む皿洗いや清掃の仕事など、限られた職種に絞られます。
ところが無事にそうしたアルバイトに就けたとしても、夜遅い時間帯までの勤務など体力を使う仕事も多く、学業との両立が難しくなってしまうのです。
ことばや文化の違いの中で送る留学生活
コーヒースタンドではたらく留学生の1人、アイニ・マリアム・リドワンさんです。
およそ1年半前にインドネシアから松山に来ました。
環境問題に関心が高かったアイニさんは今、松山市内の大学院で環境工学を研究しています。
アイニさんは10人きょうだいの一番上。
留学費用は家族に頼らず、自分でまかなうと決めてきました。
イスラム教徒であるアイニさんは、食べ物も「ハラルフード」と呼ばれるイスラム教の戒律に基づいたもの以外を口にすることができません。
インドネシア人留学生 アイニ・マリアム・リドワンさん
「ハラルの食べ物があんまり見かけません。だから、ハラルではないチキンや、豚肉、そしてアルコール。例えばみりんとか入らないように…。普通に料理することが全部難しいですね。日本では食べ物によくお肉を使います。私はハラルじゃない肉は食べないので困りますが、料理は作らなければいけません」
松山市内でもハラルフードを扱っているスーパーマーケットはありますが、品数が限られている上、いつも置いてあるわけではありません。
そこで利用するのが松山市内にあるモスクです。
ハラルフードを予約することができ、定期的にまとめ買いをしています。
イスラム教徒のコミュニティーが松山にもあるおかげで、食べ物はなんとかなっているというアイニさんですが、もう一つ苦労するのが生活費です。
奨学金はありますが、それだけではギリギリの生活でした。
知り合いの紹介で日本語のスキルがあまり求められない皿洗いのアルバイトに就きましたが、やがて急にシフトに入ることを求められることが増え、勉強との両立が難しくなって断念しました。
スケジュールを合わせやすい別のアルバイトを探してみましたが、なかなか見つかりませんでした。
「私の日本語のレベルはあまりよくないので、お客さんと話さないような仕事を選んで応募しました。例えば掃除とか。でもどれも不採用でした。面接の時は日本語での受け答えもちゃんとできたな、とは思うんです。でも、やっぱり結果はだめで。どうしてだめなのか、理由がわかりませんでした」
一時は奨学金もアルバイト収入も得られない、という状態もあったというアイニさん。
生活に強い不安を抱えてしまいました。
自分も客もエンジョイできるアルバイト
そんな中、大学の留学生課を通じて知ったのが、今回の舞台、たずねけりコーヒーでした。
初めての接客に最初は不安もありました。
しかし日本語のレベルが問われなかったことや、客も留学生であることを理解してくれていたため、すぐに安心して働けるようになったそうです。
接客の目標としているのは、「自分もお客さんもエンジョイできる話題を考える」こと。
会話の機会を増やして接客するようにしています。
その姿勢は私たちが取材した時にも見られました。
アイニさんが働きはじめて3か月がたとうとしていたころです。
この日訪れたのは2人の高校生。
アイニさんはドリンクが出来上がるまでの時間、好きな教科が何か、将来の目標などを積極的に聞いていました。
高校生たちも「土曜日だけど勉強してきた」「これから図書館に行く」と元気に答えていました。
アイニさんの働きぶりをこの日一緒にアルバイトに入った武内小雪さんに聞きました。
アルバイト仲間 武内小雪さん
「コミュニケーションをとるときに、いろんなことを聞けるようになっています。お客さんが話しかけてこなくても、アイニさんからいろんなことを聞いてみたり、コーヒーのおすすめを紹介したりする姿を見て、日本語をたくさん習得されていてすごいなと思います」
「たずねけりコーヒーはすごくいい場所だと思います。コーヒーを作れるし、友だちもできたし。 お客さんにも話すことができます。私の日本語もわかってくれると、うれしいですし、楽しいです。忙しければ忙しいほど楽しいなと思います」
コーヒースタンドは、生活のために働く場所という意味を超えて、アイニさんにとっての一つの居場所になっているようでした。
“支援”という関係を超えて
運営するNPO代表の山瀬さんは、これまでも子ども食堂や防災教室といった事業を通じて、同じ町に暮らす日本人と外国人のタッチポイントを作ってきました。
山瀨さんが目指すのは、「支援する/される」といった関係性ではなく、同じ愛媛に暮らす住民として共に過ごせる場としての店作りです。
NPO法人松山さかのうえ日本語学校代表 山瀨麻里絵さん
「就労支援と言えば伝わりやすいし、もっと多くの方に協力してもらえるだろうな、というのは肌感覚としてありますが、そう言ってしまうと松山市とか愛媛全体が、外国人の人は支援が必要(な対象)だと思われるのがすごく嫌なんです。支援じゃなくてもみんなフラットに一住民として一緒に楽しく暮らしていこうというところが根底にあります。コーヒースタンドだと思って入ったら、外国人の方が普通にいるというのは、入り口としていいのかなと。普通に外国人の方がいて、働いているということが大切だと思っているので、ナチュラルにたたずんでいるというのを各地に増やしたいです」
取材を通して
留学生のスタッフも日本人のスタッフも、とにかく楽しそうに笑顔で働いている姿が印象的でした。
取材の中で山瀨さんは、「『消しゴム貸して』と言うのと同じくらいの感覚で、困ったときにお互い助けを求められる関係性を作れれば」と話していました。
同じ町に暮らす仲間として、お互いを知ることを意識すれば、いざというときも気軽に声をかけあえる関係性を築くことができるのではないか。
友人のようにコミュニケーションを取っているコーヒースタンドのみなさんを見て、実感しました。