目指せ! 世界の「WAGURI」ブランド

“遠州・和栗プロジェクト”が描く未来、JA掛川市

静岡県西部の遠州地域。この地で収穫される和栗を「WAGURI」として世界に広めていくプロジェクトが目下、地元浜松の菓子メーカーである春華堂を中心に動き出している。生産者側として当初から参画するのが、県内唯一の和栗産地を管内に抱えるJA掛川市。出荷量の一部を春華堂に従来単価の約2倍で購入してもらい、平均単価の底上げを通じて生産者の所得を引き上げ、生産意欲を刺激する。世界ブランド化の先には何を見据えるのか――。

 「掛川の栗を何とか存続できないか」――。JA静岡経済連が春華堂に持ち掛けた相談をきっかけに、このプロジェクトは始動した。その名は「遠州・和栗プロジェクト」である。2022年7月、JA掛川市、春華堂、掛川市など、農産官9団体で立ち上げ、いまは35団体が参加。個別ミッションの下で活動を展開するかたわら、和栗を軸に据えた地元遠州におけるネットワークづくりにも精を出す。

「遠州・和栗プロジェクト」の看板。静岡を代表する企業が名を連ねる
「遠州・和栗プロジェクト」の看板。静岡を代表する企業が名を連ねる

 参加企業には、浜松ホトニクス、ヤマハ、スズキといった地元に本社を置くグローバル企業も名を連ねる。企業側の参加動機には、和栗を軸に据えた地域共創の場としての期待感が透けて見える。

 6次産業化に向けたよくある農産連携とは、ひと味違う。春華堂 地域の力創造室課長の宮崎智明氏が、違いをこう説明する。

春華堂 地域の力創造室 課長 宮崎智明 氏
春華堂 地域の力創造室 課長 宮崎智明 氏

 「産地と企業が『点』としての連携を果たすだけでは、企業側が手を引くと産地側は出口を失い、行き詰まってしまう。産地を『面』として支えられるような座組をつくることこそ、農産連携には必要なのです」

 産地を「面」として支えようという意思は、今年度設立した部会の活動に表れる。部会は「生産」「研究」「技術」「イベント・商品」「広報・人事」の5つ。「生産」は生産拡大に向けた活動、「研究」は付加価値の仮説構築や立証、「技術」は生産効率向上の技術開発や新たなイノベーションの追求、「イベント・商品」は出口戦略や文化醸成、「広報・人事」はブランディングや認知向上などを担当する。よくある6次産業化にとどまらない、幅広い取り組みを見せる。

 最終目標は、第1次産業の持続・発展のモデル構築。そのために、和栗の世界ブランド化を目指す。和牛が「WAGYU」として海外に打って出たように、和栗を「WAGURI」として海外にも売り出す。まずは来年2月10日に協議会を立ち上げ、国内はもとより、海外に向けたビジネス展開を進めていく計画だ。

掛川産の栗。粒が大きいことが特徴という(写真提供:JA掛川市)
掛川産の栗。粒が大きいことが特徴という(写真提供:JA掛川市)

熟成栗ペーストでインド市場を狙う

 市場開拓に向けた武器は、熟成栗のペーストである。熟成栗によって、「糖度は2倍になり、焼くと3倍にまで上がります。ペーストには通常、砂糖を半分程度加えるのに対し、熟成栗を用いれば加糖せずに商品化が可能。健康志向に響く商品です」と、宮崎氏は魅力を語る。

 商品化を担う春華堂では、この熟成栗のペーストを既に開発中。2024年度内にも商品化する予定だ。まず狙うのは、成長著しい南アジア・東南アジア市場である。

 「南アジア・東南アジア市場なら、プロジェクト参加企業である輸送機器メーカーが販路を開拓しており、商品を売り込む機会も見込めますので、商品化に向けて視察を行っていきたい」と宮崎氏は笑顔を見せる。

 世界ブランド化を目指すのは言うまでもなく、掛川産を中心とする遠州の和栗を適正な対価で売れる作物に改め、生産者の意欲を高めるためだ。冒頭の言葉のように「掛川の栗」はいま、存続できるか否かの瀬戸際に立つ。

JA掛川市 営農経済部 営農課 副主査 𠮷政諒 氏
JA掛川市 営農経済部 営農課 副主査 𠮷政諒 氏

 出荷量のピークは20年前。この時は約30tを記録した。「ところが、生産者は減り続け、昨年度は約5tに落ち込んだ。『再生産価格を下回っている』と、生産者は意欲を失いかけています」。JA掛川市営農経済部営農課副主査の𠮷政諒氏は嘆く。

 kg当たり単価はいま平均800円程度。和栗の生産だけでは生活できない水準だ。品種に由来する部分もある。和栗は品種ごとに出荷時期が異なるため、市場に出回る量が変動し、それに応じて値が動く。出荷が始まる8月下旬は高く、出荷量が増える9月中旬以降は値が下がる。しかし11月になると出荷量が減り、再び高くなる。掛川産の和栗は、値が下がった時期に出荷時期を迎えるのである。

 植樹から実を結ぶまで3~5年かかるとはいえ、ほかの作物に比べれば労力はかからず、取り組みやすいはず。それでも、栽培に新たに乗り出す生産者は現れない。「kg当たり平均単価は最低でも1000円は欲しい、というのが生産者の生の声です」と𠮷政氏。実入りの多い作物に改めていく必要がある、と強く訴える。

熟す前の栗は緑色。頃合いになるとひとりでに樹から落ち、その実を拾うことで収穫になる
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熟す前の栗は緑色。頃合いになるとひとりでに樹から落ち、その実を拾うことで収穫になる
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熟す前の栗は緑色。頃合いになるとひとりでに樹から落ち、その実を拾うことで収穫になる

 必ずしも需要がしぼんでいるわけではない。「数年前に起こったモンブランブームが今でも続いているように、国内需要もまだまだ見込めます。むしろ出荷量が全国的に減少していることから、市場では奪い合いが起きているとみています」(宮崎氏)。

 問題は、出口戦略の欠如だ。生産者が自ら選別しJAの集荷場に持ち込んだ和栗を、JAが検品し、各方面に出荷する。最終顧客は主に地元の菓子メーカー。昔ながらの商流に任せ、和洋菓子の原材料として漫然と供給してきた。